東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)57号 判決
審決取消事由の存否について判断する。
成立について争いのない甲第三号証の三(本願発明の全文補正明細書)によれば、本願発明の明細書には本願発明の解決課題及び目的として、次のように記載されていることが認められる。
「従来、繊維製品を耐炎化するためには、耐炎剤又はそれを含有する樹脂液を繊維製品全体に含浸させる方法が用いられていたが、カーペツトの場合には、その全体に耐炎剤を含浸させることは、カーペツトにおいて特に重要であるパイルの柔軟性を損なうこと、毛並を悪化させること、厚地であるために長時間の乾燥を要することなどの欠点を有していた。また、従来の耐炎性カーペツトには、カーペツト裏面に浸潤塗着するラテツクス中に添加する耐炎剤として七〇%塩素化パラフインと三酸化アンチモンの併用、或は含ハロゲン有機燐酸エステル等が用いられていたが、これらの耐炎剤はハロゲンを含有しているため、火災その他による加熱により有毒ガスの発生が起こり、また、ある種のラテツクスには耐炎効果を全く示さないものがあるためラテツクスが限定され、また、カーペツトの材質がプロピレン及びアクリル等のときは全く耐炎性を示さず、カーペツトの材質も限定され、加えてこれらの耐炎剤はコストが非常に高い等の欠点があつた。本願発明は、これらの欠点を除去するために種々検討した結果、耐炎剤たる水酸化アルミニウムを混入したラテツクス組成物をカーペツト基布の裏面のみに塗着させることにより、カーペツトの柔軟性及び毛並を悪化させることなく、且つ簡単な乾燥でカーペツト全体の耐炎効果を充分発揮できる方法を確立したものである。」(第一頁第一四行ないし第三頁第一行)
ところで、審決は、「ゴムラテツクスに耐炎剤を加えた組成物をカーペツト裏面に適用して、耐炎性のカーペツトを得ること」は本願発明の出願前公知であつたという。(成立について争いのない甲第一号証第一丁裏第八行ないし第一二行)しかし、耐炎剤とは、一般に、物品に、炎で点火したとき燃焼速度を低減させ、あるいは自然消火をする性質を与える剤をいうものと解されるが、そのような意味の全ゆる種類の「耐炎剤」をゴムラテツクスに加えた組成物をカーペツト裏面に適用して耐炎性のカーペツトを得ることが、審決のいうように全て本願発明の特許出願前公知であつたとは到底認めることはできず、またそのような証拠もない。弁論の全趣旨によれば、本願発明の特許出願前公知であつたのは、耐炎剤として数種のハロゲン化合物をゴムラテツクスに加えた組成物をカーペツト裏面に適用して耐炎性のカーペツトを得ることのみであり、ハロゲン化合物以外の物質を耐炎剤としてゴムラテツクスに加え、これをカーペツトの裏面に適用して耐炎性のカーペツトを得ることは知られておらず、したがつて、耐炎剤として水酸化アルミニウムをゴムラテツクスに加え、カーペツト基布の裏面に適用して耐炎性のカーペツトを得る本願発明は新規なものであると認めることができる。
右に見たように、審決は、どのような「耐炎剤」であれ、そもそも「耐炎剤」であれば、それをゴムラテツクスに混入してカーペツト基布の裏面に適用して耐炎性のカーペツトを得ることが公知であつたことを前提として、「引用公報には、水酸化アルミニウムがゴムの難燃剤となることが記載されている。ここには水酸化アルミニウムは難燃剤として示されてはいるが、難燃とは炎を出しても出さないでも燃えにくくするということを意味しているから、難燃剤であることは、耐炎剤としても作用することを意味しているといえる。それ故、引用公報には、水酸化アルミニウムがゴムの耐炎剤となることが示されているといえる。」とし、もつて、本願発明は引用公知技術及び引用公報の記載から当業者が容易に発明し得たものとしている。
しかしながら、右前提事実(耐炎剤であれば、どのようなものでもゴムラテツクスに混入してそれをカーペツトの裏面に適用して耐炎性のあるカーペツトを得ること。)が誤つていること前記のとおりである以上、審決の、本願発明は引用公知技術及び引用公報の記載から当業者が容易に発明し得たものであるとする結論もまた誤つているものといわざるを得ない。水酸化アルミニウムがゴムの難燃剤(耐炎剤)たり得るからといつて、その知見から直ちに、水酸化アルミニウムをゴム(ラテツクス)に加え、これをカーペツトの裏面に適用して、カーペツト全体に耐炎性をもたせることに容易に想到し得るとはいえないのである。けだし、耐炎性を有する物質(耐炎剤)であればすべて、これをカーペツトの裏面に適用して、耐炎剤を塗着しない部分を含めたカーペツト全体の耐炎性を得ることができるということはできず、数ある耐炎剤の中から特に水酸化アルミニウムを選び出すことが容易であるとはいえないからである。
被告は、水酸化アルミニウムも、ハロゲン化合物も、いずれも、その耐炎機構がいわゆるガス理論(熱分解によつて生ずる可燃性ガスを不燃性ガスで稀釈することにより燃焼を防ぐという理論)によつて説明できるのであり、両者はその基本的耐炎機構に差がないから、水酸化アルミニウムもハロゲン化合物も、共に耐炎剤として本願発明の特許出願前公知である以上、ハロゲン化合物に代えて水酸化アルミニウムを使用する程度のことは、当業者が容易に推考できるものである旨主張する。
しかしながら、耐炎剤としての水酸化アルミニウムもハロゲン化合物もともに、その耐炎機構がガス理論によつて一元的に説明され得るものであることについての証拠はなく、したがつてハロゲン化合物をゴムラテツクスに混合した物質をカーペツト基布の裏面に適用した耐炎性カーペツトが公知であるからといつて、そのハロゲン化合物に代えるに水酸化アルミニウムをもつてすることが容易とはいえない。
右のとおり、審決は、引用公知技術の認定を誤り、その誤認を前提として、本願発明は右引用公知技術及び引用公報の記載から当業者が容易に発明し得たものとしたもので、その結論においても誤つているから、その余の点について判断するまでもなく、違法として取消を免れない。
よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
天然ゴム、スチレンブタジエンゴム、アクリロニトリルブタジエンゴム、アクリルゴムなどの架橋性を有するゴムラテツクス一〇〇重量部に対して水酸化アルミニウム一〇〇ないし三〇〇重量部を耐炎剤として混入したラテツクス組成物を、カーペツト基布の裏面に浸潤塗着し、一二〇ないし一四〇℃の温度で乾燥と同時に架橋させることを特徴とする、耐炎性カーペツトの製造方法。